2008年08月27日

忍者バルーンスライム

 「忍者バルーンスライム」ってご存知ですか?
 私も初めて知りました。
 スライムと言えば、ドラゴンクエストの定番モンスターを思い浮かべますね。

 

 でもスライムは本来「泥状・粘液状のぬるぬるとしたもの」と言う意味だそうです。
 バルーンスライムは福岡県八女の糊の専門メーカー「ダイヤ糊工業株式会社」が開発した製品で、「ふうせんねん土バルーンスライム」が正式名称です。
 これに「忍者絵の具(紫外線反射絵の具)」を混ぜたもが、忍者バルーンスライムです。
 忍者絵の具は光の弱い場所ではほとんど透明ですが、強い紫外線に当たると変色しまうす。
 これはフォトクロミズム色素と言う特殊な顔料で出来ているからだそうです。
 難しい理屈は置いといて、子どもたち本当に楽しそうですね。
 これって安全で楽しい科学実験として流行しそうですね。

  


◎佐賀新聞(2008/08/26)
 スライムづくり楽しむ 上峰

 形を自由自在に変え、太陽の光を浴びると変色する「忍者バルーンスライム」を作るイベントが26日、上峰町民センターで開かれた。上峰小の児童約90人が、透明で、プルッとした肌触りのスライムづくりを通して〝不思議科学〟を学んだ。

 イベントは同町民生委員児童委員(大坪真衛会長)が、子どもたちに夏休みの思い出をつくってもらおうと企画。のりメーカーのダイヤ糊工業工場長の古庄幸弘さんが作り方を指導した。

 子どもたちは5人1組に分かれて挑戦。のりとホウ砂飽和液などを混ぜ合わせて、液体がゼリー状になると大喜び。広げて遊んだり、息を吹き込み風船にして楽しんだ。

 スライムには紫外線が当たると濃い紫色に発色する「忍者絵の具」を混入。外に出てすぐ色が変わると、一様に驚いた表情を浮かべた。3年生の石橋諒哉君は「すごい速さで色が変わって不思議。びっくりの連続だった」と話した。

【写真】自由自在に広がるスライムで遊ぶ子どもたち=上峰町民センター
 
   
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2008年08月13日

クルム伊達選手 佐賀で合宿

 クルム伊達選手「佐賀は食事がおいしい」の言葉、嬉しいですね。
 海の幸・山の幸が豊富な佐賀県にとって、最高の褒め言葉ですね。
 でも、佐賀にこんなに良いテニスの施設が有ること知りませんでした。
 小さな県ですが、知らないことは沢山ありますね。


◎佐賀新聞(2008/08/13)
 クルム伊達選手 佐賀で合宿

 4月に37歳で現役復帰した女子テニスのクルム伊達公子選手が、佐賀市のグラスコート佐賀テニスクラブで合宿を張っている。今後出場する国内主要大会で中心となるハードコートに慣れるため、全豪と同じ仕様で体に負担の少ないクッション構造のコートを整備する同クラブを恩師が紹介。佐賀では初の合宿で、15日まで毎日約4時間、精力的に練習をこなしている。

 クルム伊達選手は現役復帰後、若手が中心に出場する国内大会に出場。6月の東京有明国際女子オープンからは3大会連続で優勝を飾った。これまでは砂入り人工芝が多かったが、主催者推薦枠で出場が決まった東レプロ、AIGオープンなどはハードコートでの試合が続く。このためコートの感触に早く慣れようと、全天候型の練習場を探していた。

 グラスコート佐賀は天然芝以外にも屋内ハードコートを整備。伊達選手の恩師でクラブのアドバイザリーコーチも務める小浦武志氏の仲介で佐賀での合宿が決まった。

 練習は午前と午後に計4時間。フォアやバックハンドなどの感触を確かめ、時間配分なども実戦を想定し取り組む。コートでの練習の合間には県総合運動場で瞬発力やスタミナをつけるための走り込みも続けている。

 ハードコートでの対戦を楽しみと話す伊達選手は「佐賀は食事がおいしく雑音もなく練習に集中できる」と言い、「ここでしっかり準備を整え、大会ではベストを尽くしたい」と力を込めた。

 伊達選手は1994年、日本選手で初めて世界ランキングトップ10入りを果たし、ウィンブルドン選手権などで4強入りした。96年に現役引退を表明した。

【写真】ハードコートの感触を確かめながら練習するクルム伊達選手=佐賀市のグラスコート佐賀テニスクラブ



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2008年08月08日

珍種?

 2008年6月30日に佐賀県唐津市内「FAS唐津ファミリーアミューズメントスペース」の入口付近で見付けた蛾(蝶?)です。
 珍しかったので携帯で撮って後で調べるつもりが、そのまま忘れてました。
 蛾はそのままにして置きました。
 図書館に立ち寄ったので調べてみましたが、分かりません。
 分かるか方いませんか? 
 大きさは写真の状態で、開長が約2センチ位だったと思います。

 

 発見場所
 
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2008年08月06日

九州の尾瀬

 佐賀県唐津市七山の樫原湿原は、「九州の尾瀬」とも形容される場所です。
 今年の夏も多くの動植物達が、心を和ませてくらます。




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◎佐賀新聞(2008/08/06)
 小さな命 かれんに 樫原湿原の夏

 唐津市七山の樫原湿原。標高約600メートルの気候と水環境が独特の生態系をつくり「九州の尾瀬」とも形容される。緑が一面に広がる夏の湿原。足元には、純白のサギソウや全身が真っ赤なハッチョウトンボなど、かれんで繊細な命がある。

 夏の湿原を代表するのはサギソウだ。直径2-3センチの花はシラサギが翼を広げた姿に似ており、訪れた人は双眼鏡で熱心に観察。散策道沿いには薄紫色の花をしっとりとつけたコバギボウシ、雨を受けて鮮やかさを増したカワラナデシコなどが咲き、体長約2センチで日本最小のハッチョウトンボの愛らしい姿もある。

 樫原湿原は県の自然環境保全地域に指定され、植物を手折ることも許されない。マナーを守って散策を。

 今にも飛び立ちそうなサギソウ。
 翼に似た花びらを大きくひろげる。

 

 ヌマトラノオのつぼみで羽根を休めるハッチョウトンボ。
 湿原の緑に紅色が際だつ。

 

 雨に濡れたカワラナデシコ。
 「ヤマトナデシコ」とも呼ばれるように、湿原に可憐な薄ピンクが映える。

 

 薄紫のコバノギボウシが、
 風渡る水辺で頭を垂れる。

   
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2008年08月03日

筆まめな猿

 
 豊臣秀吉は「稀代の人たらし」と言われる程、人心把握に長けていました。
 

 直接対面での交渉は勿論ですが、手紙による凋落も有名です。
 その「筆まめ」な秀吉の「手紙」展が、県立名護屋城博物館で開催されています。
 戦国時代の日本の識字率は低く(江戸時代には世界トップクラスになるが)、名立たる戦国武将でもまとも文章が書ける人は少なかった。
 ほとんどは『祐筆』と言われる現在の秘書(権限はもっと大きいが)に、草案まで含めて代筆させていた。
 まして秀吉は貧乏百姓の出、文字など最初は書けなかったでしょう。
 しかし頭良い人間ですから、経験を重ね出世をする毎に文書力も上がったでしょう。
 直筆の文章も残っている様ですし。
 仮に直筆で無くとも、草案を本人が考えたと推測できます。
 この機会に秀吉の文章を楽しむのも良いですね。
 
 豊臣秀吉朱印状(刀狩令)
 

 秀吉が名護屋から正室の「おね」にあてた自筆書状
 



◎佐賀新聞(2008/08/03)
 「筆まめ」秀吉の「手紙」展

 豊臣秀吉が国内統一期から晩年までに発給した文書を集めた「秀吉の手紙展」が、県立名護屋城博物館(唐津市鎮西町)で開かれている。自筆書状や判物、朱印状など32点を紹介。文禄・慶長の役(1592-98年)に関する軍令が約7割を占めるが、豊臣政権の重要施策・刀狩令を発した朱印状などもあり、「筆まめ」と呼ばれる天下人に迫るテーマ展となっている。

 秀吉の文書は全国で約6000点が知られており、織田信長(約1400点)や徳川家康(約310点)と比べ突出して多いのが特徴。テーマ展では同館が収集した秀吉文書を一堂に集めた。

 1587年、家康に九州平定後の経略方針を伝えた文書には、「博多」に大陸侵攻のための御座所を築くことなどを明記。「名護屋」の文字はなく、この段階では博多を大陸侵攻の拠点として考えていたことが推測できる。

 今回の展示で唯一の自筆文書は、1593年5月22日付で名護屋から大坂城にいる正室「おね」に送ったもの。朝鮮半島での戦況を伝えている。また、当時の文書では珍しく「追伸」があり、側室の淀殿が妊娠したこと(子は後の秀頼)に触れているが、この時すでに豊臣家の跡継ぎとして育てていた鶴松が亡くなっており、「2人の子どもは鶴松だけですよ」と、おねに気を使う内容となっている。

 このほか、教科書にも出てくる刀狩令を記した朱印状や、漢文体で朝鮮在陣の武将に送ったげき文、秀吉の死後の日付になっている朱印状、朱印やあて先がなく案文か未発給だったと考えられる文書なども興味深い。

 テーマ展では、秀吉文書に関連する資料や当時の武将の花押(サイン)など38点も展示している。
 展示は9月15日まで。観覧無料。開館時間は午前9時-午後5時(月曜休館)。

【写真】自筆書状や判物、朱印状など秀吉が発給した文書を集めた「秀吉の手紙」展=唐津市鎮西町の県立名護屋城博物館
 
   
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2008年07月24日

県境を越えた架け橋

 1281年、弘安の役。博多で撃退された元軍が鷹島沖で大陸からの援軍と合流して体制を立て直そうとした時に台風(俗に神風とも)が吹いたために、多くの船が沈没しました。

 長崎県松浦市鷹島町
 

 現在では過去の歴史は綺麗に水に流し鷹島とモンゴル国との交流も深まり、カラコルム地方のホジルト市とは姉妹都市になっています。
 そしてモンゴルをモチィーフにしたテーマパーク「モンゴル村」が、観光客を楽しませています。

 モンゴルから運んできた本物ゲル村
 
 

 その鷹島と佐賀県唐津市肥前町を結ぶ「鷹島肥前大橋(仮称)」の建設が、現在進められています。
 来春には全長約1250メートルの橋が、県境を越えて結ばれます。
 これで両県民の交流は勿論、この一帯が県境を越えた観光地になれば素晴らしい事です。

 「鷹島肥前大橋(仮称)」の完成予定図
 
 

 交流が深い地元の両新聞社も、動画のWeb記事で共演していました。

◎佐賀新聞(2008/07/23)
鷹島肥前大橋が連結 1250メートル来春開通へ

 唐津市肥前町と長崎県松浦市鷹島町を結ぶ「鷹島肥前大橋(仮称)」で23日、最終ブロック架設工事があり、全長約1250メートルの橋部分が連結された。今後、道路の舗装や照明灯設置など工事を進め、来年春の開通を目指す。

 橋は県道鷹島肥前線の一部となり片側一車線(車道幅6メートル)。総事業費200億円をかけ佐賀、長崎両県が整備し、県が約60億円を負担する。2本の支柱から斜めに72本のケーブルを張った斜張橋で、県内では呼子大橋(橋長727メートル)を抜き、最長となる。

 この日は、道路部分となる重さ約210トン、長さ約22メートルのパーツを台船で運び、2台のクレーンで約3時間かけつり上げ、橋の中心部分に据え付けた。同事業は鷹島の救急医療体制確立や周辺の観光振興などを目的に1997年、着手した。

【動画】最終ブロックを据え付け、橋部分が連結された鷹島肥前大橋=唐津市肥前町と長崎県松浦市鷹島町間


◎長崎新聞(2008/07/23)
鷹島肥前大橋の橋げたつながる 来春開通へ工事着々

 松浦市鷹島町と佐賀県唐津市肥前町を結ぶため建設中の鷹島肥前大橋(仮称)に二十三日、最後の橋げたが取り付けられ、県境を越えて工事が進んでいた同大橋が一つにつながった。来春開通予定。

 同大橋は橋長千二百五十一メートル。高さ百五メートルの二本の主塔からケーブルで道路部分にあたる橋げたをつり下げる「斜張橋」。一九九七年度から県と佐賀県が共同で事業を開始し、総事業費は約二百億円。

 この日、船で運搬してきた長さ二十二メートル、重さ百十トンの最後の橋げたを、橋上からクレーンで引き上げて仮接合。調整をしながら一週間ほどで完全に溶接する。海上からは鷹島小、中学校の子どもや保護者ら約九十人もフェリーで見学し、島がつながる歴史的瞬間に立ち会った。
  
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2008年07月17日

海を渡る祇園

 祇園祭は京都の八坂神社の祭りが一番有名ですが、それ以外にも全国にあります。
 佐賀県でも大きな山笠を曳く物から、氏子たちが集まって小規模な神事をする物まで色々あります。
 しかし、海を渡る祇園祭りは珍しいのでは無いでしょうか。

 呼子・小友祇園祭



◎佐賀新聞(2008/07/17)
 山笠 海を渡る 小友祇園祭始まる

 「海を渡る山笠」で知られる小友祇園祭(こどもぎおんさい)が16日、唐津市呼子町の小友地区で始まった。男衆が高さ15メートル、重さ3トンの巨大な山笠を担いで肩まで海につかり、港を南北に約100メートル歩いて渡った。17日まで。

 祭りは、地区にある八坂神社の夏祭りで、疫病退散を願って1658年から続くとされる。

 見どころの「海入り」では、山笠を担いだ約50人が、鉦(かね)と太鼓の囃子(はやし)に乗って海中へ。伝統の「アーサッサ」のかけ声を上げながら、武者人形や吹き流しで飾った豪華な山笠を力の限りに進めた。

 17日は早朝から山笠を引き出して地区を練り歩き、午後3時ごろに「海入り」を行う。

【写真】男衆に担がれ海中を進む小友祇園祭の山笠=唐津市呼子町の小友地区

  
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2008年07月16日

1万7000本のヒマワリ

 「天山」と言う名前の山は、日本全国にあるでしょうね。
 佐賀にもあります。
 筑紫山地に属する標高1046メートルの山で、佐賀県唐津市、小城市、佐賀市、多久市に跨ります。
 九州で数少ないスキー場の一つでもあります。
 この「天山リゾート」は、暑い九州の夏場の避暑地としても有名です。
 初夏には「ラベンダー園」、これからの時期は「ひまわり園」が訪れた人の目を和ませます。
 下記はスタッフの方達の栽培ブログの抜粋です。

天山リゾート・ひまわり園
◎7月1日
  花(つぼみ)の大きさは1~2cmです。
7月1日の状況7月1日の状況

◎7月4日
  写真の花(つぼみ)の大きさは3cm、高さは74cmです。
7月4日の状況7月4日の状況

◎7月7日
  7月5日から晴天が続いた影響でしょうか、まだ一部ですが、花びらを開き始め
  たひまわりが出てきました。
  本日も晴天です。
7月7日の状況7月7日の状況

◎7月9日
  7月5日からの晴天が続いています。
  花びらを完全に開いたひまわりが出てきました。
  ミツバチがすでに飛んできています。
  本日もすがすがしい晴天です。
7月9日の状況7月9日の状況

◎7月11日
  7月5日からの晴れがまだ続いています。
  花びらを完全に開いたひまわりが多くなりました。
  一週間後のオープン時は満開と思われます。
  写真の花のサイズは直径14cm、背丈は80cmです。
7月11日の状況7月11日の状況

◎7月14日
  開園は7月19日の予定でしたが、予定より早く見頃となりましたので本日オープ
  ン致しました。
7月14日の状況7月14日の状況

◎7月15日
  つぼみの状態のひまわりもありますが、満開に近い風景です。
  澄み切った空気の中で黄色い花が素晴らしくきれいです。
7月15日の状況

 



◎佐賀新聞(2008/07/15)
 白石町でことし最高35・9度

 佐賀県内は15日、午前中から強い日差しに見舞われ杵島郡白石町で今年最高気温の35・9度を記録した。

 佐賀地方気象台によると、県内6カ所の観測地点のうち5カ所で午前中に30度を突破。午後には佐賀市で35・6度、佐賀空港(佐賀郡川副町)で33・8度を記録した。

 夏空の下、標高約720メートルの佐賀市富士町の天山リゾートでは、約1万7000本のヒマワリが満開を迎え、黄色の大輪が涼風に揺れ、訪れた客を楽しませていた。

 神埼消防などによると神埼市と鹿島市で2人が熱中症の疑いで病院に運ばれた。

  
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2008年07月10日

アイガモ農法

 アイガモ農法ですね。
 各地で行われています。
 さらに研究が進んで減農薬で効率的になれば、これからの日本の農業の有力なモデルに一つになるかも知れませんね。






◎佐賀新聞(2008/07/10)
 アイガモの赤ちゃん 米作りをお手伝い

 三養基郡みやき町東尾でアイガモを使った酒米づくりが始まった。水田に放たれたアイガモが害虫や雑草をついばみ、米づくりを“お手伝い”。化学肥料や農薬を使わない有機農法として注目を集めている。

 同農法を続けているのは同町市原の多々良茂さん(70)。近くの天吹酒造(木下武文社長)と契約栽培を結び、10年ほど前から同社が所有する水田約1ヘクタールにアイガモを放鳥。酒米西海134号」を作付けし、安全安心な酒づくりを支えている。

 今年は5日に生後1カ月のひな約100羽を放ち、毎日朝5時から夜7時ごろまで田んぼで泳がせている。多々良さんは「ウンカジャンボタニシなどの害虫を食べてくれる。収量は一般の田んぼより落ちるが、自然と体にやさしい米」と自信をのぞかせる。

 アイガモは9月上旬の収穫まで米づくりに精を出す。

【写真】群れをなして水田を移動する愛らしいアイガモ=三養基郡みやき町



  
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2008年07月06日

ハスの蕾が、桃の実に見えたのかな?

 小さな女の子が、ハスの花を指差しながら…

   娘:「あっ、桃!」
   母:「桃?」
   娘:「桃んごたっとだ」 【意味:桃の様だ】
   母:「桃んごたっと?」



 茶碗蓮(ちゃわんばす)
 

 大賀蓮(おおがはす)
 

 舞姫蓮(まいひれん)
 



◎佐賀新聞(2008/07/06)
 ハスの花見ごろ 福富ゆうあい館

 杵島郡白石町の「福富ゆうあい館」近くのハスの花が見ごろを迎えている。珍しい品種のピンク色や白色の大輪が華麗に咲き誇る。

 2004年4月の同館のオープンに合わせ、特産品レンコンにちなみ、約400平方メートルの調整池で育て始めた。茶碗蓮(ちゃわんばす)や大賀蓮(おおがはす)、舞姫蓮(まいひれん)など国内外5品種があり、それぞれ看板での解説も。

 写真撮影に藤津郡太良町から訪れた野中秋吉さん(62)は「一斉に咲いた様子が見事。隠れた名所」と感心していた。国道444号沿い。問い合わせは同館、電話0952(87)2171へ。

  
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2008年07月01日

目が回る、訳は無いですね(^_^;)

 佐賀県と福岡県境の峠の道です。
 佐賀市内から福岡市へが近くなります。
 しかし、目が回りそうなループと高低差ですね。



◎佐賀新聞(2008/07/01)
 三瀬トンネルループ橋 8月12日開通

 佐賀市と福岡市をつなぐ国道263号三瀬トンネル有料道路のループ橋が8月12日に開通する。トンネルを福岡市側に抜けた谷間に整備していたもので、高低差約100メートル、ループの直径は約200メートルで、完成すれば九州最大級となる。

 三瀬トンネルの第2期工事として2004年から事業に着手し、ループ部分の980メートルを含めた総延長は約1・9キロ。曲がりくねった従来の道路は、大型車などの離合が困難で渋滞を引き起こしていたため、県道路公社が事業主体となって整備を進めてきた。

 総事業費は約73億円。うち出資金25%(18億2500万円)を福岡市が全額負担し、残り35%は政府の無利子貸し付け、40%は民間金融機関から借り入れる。

 通行料はトンネルと合わせて普通車300円(従来250円)、軽自動車250円(150円)などとなっている。同公社は1日の平均通行量を07年度実績より約800台多い約7000台と予測。維持管理費を含めた償還期間(1期工事含む)は2030年2月までとしている。  
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2008年06月25日

知的財産の共有

 玄海町と九州大学とで、知的財産は両者で共有。
 自治体も知的財産を所有する時代です。


◎佐賀新聞(2008/06/20)
 研究施設11棟を整備  玄海町の薬草研究施設

 東松浦郡玄海町と九州大学が共同で事業を進めている国内初の本格的な薬草研究施設の概要がほぼ固まった。玄海原子力発電所近くの約1万8100平方メートルの敷地に、硬化ビニールの研究施設11棟などを整備する。年度内に土地を造成し、一部研究施設の建設に着手する。

 19日の町議会予算特別委員会に提示された。研究施設は、漢方薬に使われる甘草(かんぞう)の土壌研究を主とした「甘草ハウス」と栽培研究を行う「甘草栽培研究温室」がそれぞれ3棟、それ以外の薬草を扱う「薬草栽培研究温室」が5棟で、合わせた広さは約6300平方メートルとなる。

 露地栽培(緑地含む)も約4600平方メートルあり、観光客用の遊歩道も整備。研究スタッフは九大から5人で、地元から栽培管理の補助員など13人を雇用する予定。知的財産は両者で共有する方向で調整している。

 施設は新たな産業、観光の創出や企業誘致などを目的に2010年度までに整備。玄海原発のプルサーマル計画受け入れに伴う「核燃料サイクル交付金」を活用し、土地の造成まで含めた総事業費約10億円のうち、6億1700万円は同交付金を充てる。

【写真】玄海町と九州大学が進める薬草共同研究施設イメージ

  
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2008年06月24日

たんたんタヌキの…。1240×2=

 これだけ居ると壮観ですね。
 中には「開運!なんでも鑑定団」に出品できそうな物もあるかも(^_^;)




◎佐賀新聞(2008/06/24)
 み~んな出て コイコイコイ  1240匹

 「縁起物」として店先などを飾るタヌキの置物が、民家の庭先にびっしり。小城市三日月町織島の無職、山本徹さん(69)が10年がかりで大小1240体を集めた。通りがかりの人たちの目を和ませている。

 県内や福岡の骨董(こっとう)市や古美術商などに足を運び、信楽焼を中心に九谷焼常滑焼など安価な品物を買い集めた。40センチクラスがほとんどだが、中には1センチほどの小さな物から180センチの特大も。「七福神」「家族」「警察官」から「野球」や「サッカー」など、どのタヌキも表情豊かで見る人を飽きさせない。

 縁起物のタヌキに囲まれで生活している山本さんは「災いがないことが、縁起がいいことかも」と話している。

【写真】1240個の「たぬき」の置物が庭を埋め尽くす山本徹さん宅=小城市三日月町
  
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2008年06月18日

トイレ内暗記法で物尻に。

 受験生がやる「トイレ内暗記法」のようですね。
 やはり個室は集中力が増すんですね (^^ゞ
 高価か物も良いですが、こんなアイデア生活必需品も良いかも。


◎佐賀新聞(2008/06/18)
 お尻ふきふき佐賀学ぶ トイペ人気

 ふるさと納税制度で、佐賀県に寄付した人への謝礼として製作したトイレットペーパーが反響を呼んでいる。「有明海はなぜ泥色か」など佐賀県の情報を印刷した特注品で、全国各地から問い合わせが寄せられている。

 評判になったきっかけは全国ネットの朝の情報番組。5月末に「ふるさと納税制度」として紹介され、「いくら寄付すればもらえるか」「どこで買えるのか」といった電話が掛かるようになった。

 トイレットペーパーには「石積みの高さ日本一」の蕨野の棚田(唐津市相知町)や「海水浴場の狭さ日本一」の白浜海水浴場(藤津郡太良町)など、興味を引きそうな8項目の「おもしろ情報」を印刷している。

 数千円相当の特産品を贈る自治体もある中、トイレットペーパーは1個280円で、包装紙には佐賀空港のPR情報まで印刷。「佐賀の話題が全国に広がり、佐賀空港を使って来てもらえれば」と発案した歳入戦略グループの永渕美佳さん(28)。寄付だけでなく、来県者も増やそうという欲張りな作戦だが、話題づくりに成功し、順調な滑り出しといえそうだ。

【写真】反響を呼んでいる佐賀県情報を印刷したトイレットペーパー
  
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2008年06月15日

2600年の時を越えて。

 園児や児童は2600年前の縄文の人々と同じ体験をしています。
 不思議な感じですよね。
 「魏志倭人伝」に現れる「末廬国」は、佐賀県の、ここ唐津を含む松浦半島東側一帯にあったクニだと考えられています。
 古代から大陸との交流が多くあった場所で、菜畑遺跡は唐津市の西南部、JR唐津駅から西へ2km程行ったところです。
 昭和55年から56年にかけて行われた発掘調査により、縄文時代前期から弥生時代中期に至る遺跡である事が確認されました。
 なかでも縄文時代晩期後半(約2500~2600年前)の水田跡の発掘と、付随して出土した数々の農機具は、我が国稲作の起源が縄文晩期後半まで遡る事を明らかにしたようです。
 稲作は弥生時代に開始されたのではなく、縄文時代の末期に既に定着していたんですね。
 遺跡からは、多数の炭化した米や石斧、石包丁、石鏃などの石器をはじめ、クワやエブリ(柄振り)その他の農具とともに20~30の水田跡も発見されています。
 また稲作のみならず、アワ、ソバ、大豆、麦などの穀物類に加えて、メロン、ゴボウ、クリ、モモなどの果実・根菜類も栽培していた事が判明しているそうです。
 中でもメロンが縄文後期に既に栽培されていた事は驚きますね。
 さらには平成元年の発掘で、儀式に用いたと思われる形のままの数頭のブタの骨が出土し、既に当時ブタも飼ったようです。

 貫頭衣に身を包み、古代赤米などの田植えを体験する園児たち
 

 菜畑遺跡の遺物が展示される末廬館
 
 
 


◎佐賀新聞(2008/06/15)
 「稲作発祥の地」菜畑遺跡で田植え

 日本稲作発祥の地とされる唐津市の菜畑遺跡末廬館で14日、「田植祭」があった。貫頭衣に身を包んだ市内の園児や児童ら650人が参加し、古代人の稲作に思いをはせながら、古代赤米などを手植えした。

 式典では、子どもたちが祭壇に古代米などを奉納し、「古代の人の努力を忘れません」とメッセージを読み上げた。その後、270平方メートルの水田に入り、園児たちは「泥が気持ちいい」「水が冷たい」などと歓声を上げながら田植えを体験した。

 同祭は古代人の生活をしのび、遺跡の価値を次世代に伝える目的で開かれ、今回が19回目。唐津南高の1年生が稲の管理をして、10月中旬には収穫祭がある。

 菜畑遺跡は1980―81年に本格調査が行われ、水田跡、炭化米、農具が出土。古代人の生活が分かる農業集落としては日本最古(約2600年前・縄文晩期)とされる。  
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2008年06月11日

お父さんにバラの花束を

 お父さんにもお花を贈りましょう。
 バラに花束に、感謝の気持ちを込めて。




◎佐賀新聞(2008/06/11)
 父の日前にバラ出荷

 15日は「父の日」。神埼市千代田町余江の「いのうえ薔薇園」(井上耕太郎代表)では、バラの切り花の出荷に追われている。

 広さ約5600平方メートルの温室7棟には、深紅のローテローゼやピンクのタイタニック、朱色のミルバーなど25品種が栽培されている。

 6、7分咲きを選び、丁寧に切り取り1日1500本程度を収穫。長さ40センチから80センチにそろえ箱詰めにし、週3回関西市場へ出荷される。

 母の日にカーネーションを送るように、日本切り花協会県支部などでは父の日にバラのプレゼントをPRしており、井上さんは「今年も品質のいいものができた。父の日だけでなくいろんな贈り物にどうぞ」と話している。  
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2008年06月07日

本物のスズラン初めてかな?

 北国から園児たちに可愛い贈り物です。

スズランのしおりを手に取る園児たち=佐賀市の佐野常民記念館

◎佐賀新聞(2008/06/07)
 北海道のスズラン届ける 全日空

 全日空は6日、佐賀市川副町の佐野常民記念館と県庁、唐津市の唐津赤十字病院に北海道のスズランの鉢植えとしおりを贈った。

 佐野常民記念館では、青少年赤十字として活動している中川副幼稚園(副田峰子園長)の年長組13人の園児が出迎え。佐賀出身の旅客担当の下川佐緒里さんから、30個のしおりが園児代表の伊知地桜南ちゃん(5つ)に、鉢植えが江口善己館長に手渡された。

 園児はお礼に佐野常民の功績をたたえた園歌を合唱。しおりを手にした内山大立くん(6つ)は、「絵本の中に挟みたい」と話した。

 スズランの贈呈は、「幸せ」の花言葉のスズランを、公共性の高い全国各地の赤十字病院などにプレゼントする恒例行事で、今年で53回目を迎える。  
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2008年06月04日

決めるぜ!”ムツゴロウ”

 この時期の有明海の風物詩です。
 ムツゴロウ、結構に跳びますよ。



◎佐賀新聞(2008/06/04)
 求愛ジャンプ ムツゴロウ恋の季節

 干潟は“恋の季節”。小城市芦刈町の芦刈海岸で、繁殖期を迎えた有明海の人気者「ムツゴロウ」の求愛活動が盛んになってきた。潮が引いた干潟では、雌の気を引こうと何度もジャンプを繰り返す雄。恋敵が近づくと背びれを立て、大きな口を開けて威嚇する。

 県有明水産振興センター前の保護区では、ムツゴロウのほか、シオマネキやトビハゼなど干潟の生き物たちのユーモラスな光景が間近で楽しめる。求愛活動は6月いっぱい続き、カップルになると巣穴で産卵する。

【写真】雌の気を引こうと盛んにジャンプを繰り返す雄のムツゴロウ=小城市芦刈町のムツゴロウ保護区
  
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2008年06月03日

泥だらけ♪~

 説明はいるいませんね、見ての通りです。




◎佐賀新聞(2008/06/02)
 有明海 跳び、泳ぎ、走る 鹿島ガタリンピック

 有明海の豊かさを体感する干潟の祭典「第24回鹿島ガタリンピック」が1日、鹿島市の七浦海浜スポーツ公園で開かれた。9カ国の留学生ら外国人100人を含む計2000人が出場。選手たちは全身泥まみれになり、潟スキーや自転車競走など12種目に挑み、干潟を疾走した。

 今年のテーマは「潟に、はまればG遊人(じゆうじん)」。開会式では福岡・柳川高国際科の加藤翔真君(18)と野口瑠衣さん(17)が「潟にまみれ、精いっぱい楽しみます」と選手宣誓した。

 夏日で気温が30度近くまで上がる中、3万5000人が訪れた。第1回から実施されている定番競技「ガタフライ」からスタート。25メートルをひたすら泳ぐ単純な競技だが、競技者が一斉に飛びはねる様子は壮観だった。

 浮島の旗を奪う「クロスロープバトル」も好ゲームが続出。決勝戦では旗代わりに立った山口正治・大会実行委員長が一着の選手とともに干潟に落ち、笑いを誘った。

 田植え姿やアフロヘアー、着ぐるみなど、コスチュームやパフォーマンスも多彩。奇抜さと実力を兼ね備えた選手も登場し、台船から綱を使って飛距離を競う「ターザンジャンプ」は、カエルの着ぐるみをまとった男性が優勝。「女相撲」ではナース姿の女性が横綱になった。

 クライマックスの「25メートル自由潟」ではテレビ番組のマスコット犬も参加。泥しぶきを上げながら飼い主にとびつき、会場を沸かせていた。

【写真】干潟で全身泥まみれになりながら繰り広げられた鹿島ガタリンピック=鹿島市の七浦海浜スポーツ公園
  
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2008年05月12日

大蛇の正体見たり!

 唐津市にある鏡山の山頂にある「蛇池」で、「大蛇を見た」という声が相次でいます。
 しかし、その正体は「ニホンヒキガエル」のオタマジャクシの大群です。
 ニホンヒキガエルには主に東日本に分布する「アズマヒキガエル」と、主に西日本に分布する「サツマヒキガエル」という二亜種に分かれいます。
 このオタマジャクシはサツマヒキガエルの幼生と言う事になるのでしょうが、古くから人為的に分布が拡大かつ攪乱されており、本来の分布は不明だとか。
 外見はよく似ていて、二亜種の区別は難しいそうです。

 ニホンヒキガエル
 
 

 ニホンヒキガエルのオタマジャクシ
 


 ニホンヒキガエルの別名「ガマガエル」とも呼ばれたいます。
 そうです、「ガマの油」で有名なガマガエルですね。
 「鏡山」「伊吹山」「筑波山」のように、「ガマの油売り」をやると面白そうですね。

 伊吹山のガマの油
 

 ガマの油売り
 


 この話題になっている「蛇池」には伝説があります。
 「万葉集」に伝えられたり、能楽でも演じられる「松浦佐用姫(まつらさよひめ)」伝説です。
 松浦佐用姫は、現在の唐津市厳木町にいたとされる豪族の娘です。
 537年、新羅に出征するためこの地を訪れた大伴狭手彦と佐用姫は恋仲なります。
 出征のため別れる日に、佐用姫は鏡山の頂上から領巾(ひれ)を振りながら舟を見送ります。
 しかし、別離に耐えられなくなり舟を追って呼子まで行き、加部島で七日七晩泣きはらした末に石になってしまいました。
 鏡山山頂には佐用姫の銅像があります。

 鏡山の佐用姫
 


 加部島にある田島神社の境内社・佐與姫神社は、佐用姫であったという石を祀って有ります。

 田島神社の佐用姫
 


 それにもう一つ佐用姫の生誕地「厳木町」にも、高さ12メートルの巨大な像があります。
 この像は道の駅「厳木」内に立っているのですが、実は電動仕掛けで約15分かけてゆっくり一回転するのです。

 道の駅「厳木」の佐用姫
 



 ここまでの話で、「あれっ」と思われる方もいるでしょうね。
 そうです、「蛇池」の話が出て来ません。
 実は佐用姫が石になった伝説とは別に、「肥前国風土記」に収録されているのです。
 狭手彦と領巾を振りながら別れた後に狭手彦によく似た男が家に通うようになり、これが沼の蛇の化身であると正体がわかると沼に引き入れられ死んでしまうという話です。
 しかし、この話では「佐用姫」では無く「弟日姫子(おとひめこ)」となっており、後世に同一視された可能性もあります。
 この蛇の化身の住んでいた沼が、「蛇池」と言う事になっています。
 歴史のロマンですね。



◎佐賀新聞(2008/05/12)
 大蛇の正体はカエルの子? 鏡山蛇池

 唐津市にある鏡山の山頂池にこの時期「大蛇を見た」という声が相次ぐ。これが、実はオタマジャクシの大群。池は肥前風土記に「蛇池」と紹介されているだけに、伝説に重ねて驚く人が後を絶たない。

 山頂で茶屋を経営する松尾邦久さん(54)によると、オタマジャクシはニホンヒキガエルの幼生。5年ほど前から毎年、温かくなると水が浅い岸辺に並ぶように集まってきて、集団で遊泳、長く連なるときは50メートルにも達するという。

 池にはコイやフナが多くすむが、観光客が与える餌が豊富なため、卵の“天敵”がおらず、大発生につながったと松尾さんは考える。観光名所ならではの珍現象だが、松尾さんは「生態系が変わっていることなので、少し心配」と話す。

【写真】大きな頭を持つ蛇のように見えるオタマジャクシの大群(松尾邦久さん撮影)=唐津市の鏡山山頂池

  
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