2007年12月31日

佐賀県内で初冠雪

 北国の方にはやっと初冠雪と御思いでしょうが、なんせ九州ですから。
 それでも私の住んでいる場所は日本海側に位置し、冬場の風は冷たいですよ。
 それに雪が湿っていて、北国のドライな雪より冷たいと言われます。
 色々あった2007年でしたが、雪化粧で締め括りです(私の地区は積もってはいませんが)。


◎佐賀新聞(2007/12/31)
 佐賀県内で初冠雪 平年より26日遅く

 年の瀬の30日、県内にも上空約5500メートルに氷点下30度以下の強い寒気が流れ込み、天山(標高1046メートル)で初冠雪を記録した。佐賀地方気象台によると、1日にかけて山間部を中心に大雪のおそれがあるという。

 初冠雪は平年より26日、昨年より13日遅い。神埼市脊振町の里山には5センチ前後の雪が積もった。佐賀市など平たん部でも、みぞれまじりの雨が降り、冷え込んだ。同気象台は「冬型の気圧配置がしばらく続きそうで、初日の出も難しいのではないか」と話している。

【写真】里山の民家や畑に降り積もる雪=神埼市脊振町服巻

  
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2007年12月27日

戦国時代のファストフード

 つきたてのお餅を手で引き伸ばして、噛まずに一気に飲み込む「もちすすり」という一風変わった風習があります。
 起源には諸説があり、戦国時代に出陣する際、時間がなかったため、ひと息にすすって(敵軍を飲み込む縁起もあり)出陣したことにさかのぼるともいわれています。
 以前は、この「もちすすり」でもちをノドに詰まらせて救急車が出動することもあったそうです。「もちすすり」は、実は、素人にはマネのできない高度なテクニックを要する技なのです。


◎佐賀新聞(2007/12/27)
 【師走2007】伝統のもちすすり、“のどごし”堪能

 正月が近づき、米どころ杵島郡白石町では、もちつきの場で奇習「もちすすり」の姿が見られる。きねをつくなど力仕事を終えた人たちが出来たてのもちを手でちぎって一気に飲み込み、独特の食感を楽しんでいる。

 もちすすりは同町に伝わる食文化で、安土桃山時代から400年以上の歴史があるという。つきたてのもちをそのまま湯の中に入れた後、細く伸ばしながら適量にちぎり、ごまじょうゆを付けて口にすすり込む。

 機械でのもち作りや既製品を使うのが主流の中、同町では伝統的な“もち文化”を継承しようと各地域で保存グループを立ち上げている。活動する一人の久野潔さん(66)は「もちすすりは真夏の生ビールのようなのどごし。つきたてならではのおいしさを伝えていきたい」と話す。

【写真】もちすすりを披露する福富黒もち会と有明もち文化保存会のメンバーら=杵島郡白石町の有明スカイパークふれあい郷

  
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2007年12月26日

メリークリスマス、向日葵咲いた!!

 12月の向日葵です。この時期の向日葵も、珍しくてよいですよ。


◎佐賀新聞(2007/12/25)
 冬本番、でもヒマワリ見ごろ 佐賀県みやき町

 寒さが本格化する中、三養基郡みやき町山田地区の棚田では、夏の花の代名詞ともいえるヒマワリが咲き始めた。葉を落とした周囲の樹木とは対照的に、鮮やかな黄色の大輪をつけ、太陽の光を浴びて輝いている。

 冬のヒマワリは同地区の住民でつくるグループ「中山間地組合」(立石輝明代表)が休耕地の棚田を有効活用し、観光資源として定着させようと7年前に始めた。11月の「秋のヒマワリ」に続き、1カ月遅く種をまいた約3000本が見ごろを迎えている。

 今年は霜や台風の影響もほとんどなく、順調に成長。立石代表は「この季節に見ごろを迎えるのは初めて。日本で今年最後のヒマワリになるのでは」と顔をほころばせながら「ひと目見てほしい」と話している。

【写真】冬空の下で咲き誇るヒマワリに夢中でシャッターを切る男性=三養基郡みやき町山田地区

  
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2007年12月25日

「佐賀のがばいばあちゃん」in彩の国

 『島田洋七』さん、最近は講演の仕事が多いようですね。


◎埼玉新聞(2007/12/24)
 新座人権問題講演会 島田洋七さん笑いで魅了

 人権問題講演会「私が経験した天国と地獄 生きててよかった」が、新座市民会館で行われ、『佐賀のがばいばあちゃん』の著作などでおなじみのタレント島田洋七さんがユーモアあふれる講演をした。約八百人が参加した。

 島田さんは初めに、今回が三千七百回を超える講演会であることを披露。政治家への皮肉や独自の教育論、おばあちゃんのエピソードを交えながら、途中でお年寄りの一人が席を立つ“ハプニング”も笑いに変えるなど、巧みな話術で聴衆を魅了し続けた。

 島田さんは「ばあちゃんの教えで守っているのは、世間に見栄を張らないことと人をうらやましく思わないことの二つ。人間は一言でも声を掛けたら勇気がわくし、近所付き合いでも楽しく明るく関わっていってほしい」などと話し、講演会を締めくくった。

 講演会に参加した新座市畑中の主婦高橋郁子さん(70)は「親子の会話など、いろいろと話をすることが大事だと思った。がばいばあちゃんが好きで、何かまつわる話を聞ければと思ったが、笑いすぎてしまった」と話していた。

【写真】「世の中は笑ったもん勝ち。昔の人の生き様は素晴らしかった」などと話す島田洋七さん=新座市民会館
  
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2007年12月24日

来年は見通し良く、なりますように。

 穴が開いて「見通しが利く」ことから、縁起物として「おせち料理」に多用される『レンコン』
 日本での歴史は古く、平安時代に遣唐使が中国から持ち帰ったことから全国に広まったと伝えられます。
 現在、生産量日本一は茨城県のようですね。

 佐賀県は茨木には及びませんが、それでも収穫のピークが訪れているようです。


◎佐賀新聞(2007/12/24)
 【師走2007】正月用レンコン収穫ピーク

 杵島郡白石町では、正月用に向けて出荷するレンコンの収穫がピークを迎えている。厳しい寒さに負けず生産者は、水が張られたレンコン畑に腰まで漬かりながら、丁寧に掘り出している。

 レンコンは「見通しが良くなる」という縁起物で、お節料理には欠かせない。JAさが白石地区では26日まで計約160トンを出荷する予定で、県内はじめ九州各地に発送される。

 7月から収穫を続ける同町福富の笠原勝博さん(53)は「正月レンコンは一年の総仕上げ」と、専用の機械を使って収穫。「今年も甘くてホクホク感のあるレンコンが取れました」と話していた。

【写真】腰まで漬かりレンコンを収穫する生産者=杵島郡白石町福富

  
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2007年12月23日

蘇れ、ダム湖!

 私が土木の技術者をやっていた頃、『人工ゼオライト』は工事現場で使っていました。土壌改良・水質浄化などの用途でした。
 天然鉱石の『ゼオライト』使ってダム湖を浄化は、初めてとは意外です。もうとっくに実施されていると思ってました。

 ※ゼオライトの原料「沸石」



◎佐賀新聞(2007/12/23)
 淡黄色の伊岐佐ダム湖を透明に 九大院実験

 落ち葉が分解された成分により水が淡黄色になっている唐津市相知町の伊岐佐ダム湖で、九州大大学院流域システム工学研究室(島谷幸宏教授)が、天然鉱石ゼオライトの粉末をまいて湖水を浄化する実験に挑んでいる。着色のもとになる成分をゼオライトで吸着・沈降する処理方法で、国内初の試み。湖水の透明度向上に加え、見帰りの滝など流域の河川景観の美化にも注目が集まっている。

 研究チームは淡水の浄化に3年前から挑戦。ゼオライトを使って濁りや植物プランクトンを処理する技術で、国交省の「新技術活用システム」に登録された。環境への影響はないという。

 研究では、湖底に堆積した落ち葉が分解されて残り、水を黄色化させる「フミン質」が、マイナスイオンを帯びている点に着目。ゼオライト粒子のプラスイオンを強化し、磁石のようにフミン質を吸着・沈降させる方法を確立した。同ダムの水を使った室内実験では水1リットルあたり40ミリグラムのゼオライトで、74%のフミン質を処理できた。

 伊岐佐ダム(貯水量160万立方メートル)は1995年ごろから「ささ濁り」と呼ばれる着色現象が続く。研究チームは、ダム上流の川と透明差が大きく比較しやすく、下流の見帰りの滝などが観光資源として重要なことから実験対象に選んだ。

 19日から始まり25日まで行う実験散布では、共同研究する韓国の河川環境総合技術研究所の朴埼鎬教授が同国から運んだゼオライト66トンを使用。学生や環境調査で協力する九州産業衛生協会の職員が、粉末を溶いた液体をボートを使って湖面全域にまいている。

 研究チームによると、この実験でゼオライトは湖底に厚さ約0・3ミリの層を形成し、新たにフミン質が溶出するのを防ぐ働きもあるという。

 実験経過は1年にわたり水質検査をして調べる。現場で作業にあたった同研究室の朴埼★助教は「1週間で水が見た目に透明になっているのが分かるはず。1年以上効果が続き、水辺景観の美化で地域に喜んでもらえたら」と話す。

★=王へんに「燦」の右

【写真】「ゼオライト」の粉末を溶いた液体を湖面に散布する研究チーム=唐津市相知町の伊岐佐ダム

  
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2007年12月21日

タイラギをご存知ですか?

 『タイラギ(玉珧)』は、イガイ目・ハボウキガイ科に属する二枚貝の一種。内湾の砂泥底に生息する大型の二枚貝で、重要な食用種です。
 ほのかな甘味に奥行きのある香り。帆立貝の貝柱よりも歯ごたえがあるのが特徴です。 殻の長さが30cmにもなる大きな貝で、貝殻の内側は暗い青緑の上に虹色がのった美しい貝です。
 生のまま刺身で食べるのが一番。新鮮なものは、さっとあぶっても美味しい。

 日本一干満の差の大きい有明海は、『タイラギ』の産地の一つです。
 しかし、近年漁獲量が減っています。有明海の『諫早(いさはや)湾干拓工事』の影響も取りざたされていますが、因果関係はハッキリしません。

 タイラギ(外)


 タイラギ(内)


 タイラギ(貝柱)




◎佐賀新聞(2007/12/21)
 タイラギ漁解禁、水揚げ厳しく「採算合わない」

 有明海で高級2枚貝のタイラギ漁が20日、解禁された。初日の水揚げは、昨季を大幅に下回る厳しいスタートとなった。

 近年、有明海ではタイラギの生息数が激減。今季は3年ぶりに再開された昨季に続く解禁。この日は、藤津郡太良町の県有明海漁協大浦支所から福岡県大牟田市沖に9隻が出漁。午前9時の解禁と同時に潜水服姿の漁師たちが、水深約7メートルの海底に潜ったが、30分ほどで「何もいない」と引き揚げる船が続出した。

 同支所によると、初日の貝柱水揚げは1隻当たり平均約250グラムで昨季の6分の1。親子3人で出漁した黒田嘉則さん(31)=同町=は「採算が合わないので、漁を見合わせる。春先に再開できれば」と話していた。

【写真】2季連続の解禁となったタイラギ漁だが、初日は不調に終わった=福岡県大牟田市沖
  
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2007年12月19日

ウルトラC果たして…

 九州新幹線長崎ルート問題は、佐賀県・長崎県・JR九州の三者協議による思わぬ「ウルトラC」で着工に向けて大きく動き出しました。
 佐賀県沿線の自治体の反対で予算が付きながらも、着工出来ない状態が長く続てきました。
 通過点に過ぎない駅の自治体は、在来線経営からにJR撤退を余儀なされるのが普通です。
 それに対する佐賀県沿線自治体の気持も分ります。
 長崎県の沿線自治体の新幹線誘致の悲願も理解出来ます。
 しかし、直接関係ない佐賀・長崎県の住民にとっては、今後20年間在来線の赤字を自分たちの税金で賄う事に、疑問を感じずにはいられません。
 まだまだこの問題は、紆余曲折が予想されます。

※佐賀県 九州新幹線長崎ルート関連

※長崎県 九州新幹線長崎ルート関連

※佐賀新聞 九州新幹線長崎ルート特集



◎佐賀新聞(2007/12/19)
 新幹線問題で2市町“和解” 三者合意容認

 九州新幹線長崎ルート問題で、鹿島市の桑原允彦市長と杵島郡江北町の田中源一町長が18日、県庁に古川康知事を訪ね、佐賀、長崎両県とJR九州の三者合意により、一連の問題が「終わりに近づいた」との認識を示した。その上で「両地域にいろんな課題が残っている。県の支援をお願いしたい」と要請。事実上、三者合意を受け入れる形となり、対立が続いた県と両市町の関係も修復に向かう。

 桑原市長は同日午前、市議会全員協議会でこれまでの経過を報告。市議会は午後、急きょ本会議を開き、3人の議員が市長の考えをただした。2回目の全員協議会で今後の対応などを確認し、県庁を訪れた。

 ただ、桑原市長は古川知事との会談では詳しい経緯や三者合意への見解には触れず、非礼をわびながら今後の支援を要請するにとどめた。古川知事は「私としても言葉が足りなかった面はある。これから力を合わせてやっていこう」と述べた。

 桑原市長は会談後、記者団の取材に応じ、「三者合意の内容は現行より後退し、納得できるものではない。ただ、私たちが口を挟む仕組みそのものがなくなった。こうなった以上、現実的にどう対応すべきかを考えた」と話した。田中町長も同様の考えを示した。

 三者合意はJR九州が並行在来線を全線運行することで、経営分離そのものをなくす内容。桑原市長は三者合意が示された17日、経営分離同意への道筋が残っているとの見解を示したが、古川知事は可能性を否定していた。

【写真】会談後、握手する古川康知事(手前)、桑原允彦鹿島市長(中)、田中源一江北町長=県庁
  
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2007年12月16日

「湯冷め」しないでね。

 子供達の発想は可愛いですね。
 でも大人では考え付かない、鋭い物を感じますね。
 子供達の自由な発想を伸ばせる教育が、これからは大事ですね。


◎佐賀新聞(2007/12/16)
 “お風呂に入りながら移動できる車”で全国入賞

 未来にあったらいいものを考えて作品化する「第6回子どもアイディアコンテスト」(本田技研工業主催)小学校低学年の部で、唐津市相知町の伊岐佐小3年、岡口明日香さんが入賞した。入浴しながら移動できるテントウムシ形の車「てんぶろくん」を創作し、「賞に入ると思ってなかったのでとてもうれしい」と笑顔を見せる。

 岡口さんは、大好きなお風呂に入りながらいろいろな場所に行きたいと「てんぶろくん」を考えた。実際の工作では、父親の政之さん(42)が使い古したヘルメットをテントウムシの体に。開閉する羽根の中に湯船を作り、人形を飾った。政之さんが間伐してきた木の枝を「虫の足の形に合うように選ぶのが難しかった」という。

 1日に東京都の同社であった最終審査では、クラスメートが色塗りしてくれた背景画を作品に組み合わせて発表。全応募者5147組の中で上位から3番目にあたる賞を射止めた。

 岡口さんは、「将来、てんぶろくんが作られたら、両親と乗り込んで海に行きたい」と話し、来年もコンテストに挑戦したいと夢を広げている。

コンテストの入賞を喜ぶ岡口明日香さん


岡口明日香さんが考案し製作した「てんぶろくん」



※HONDA 「第6回子どもアイディアコンテスト」
  
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2007年12月15日

小学校に中に川が!

 佐賀県神埼郡『吉野ヶ里町』は、2006年3月1日、神埼郡三田川町・東脊振村が新設合併して発足しました。町名の由来は、国内最大級の弥生時代環濠集落跡『吉野ヶ里遺跡』に因んでいます。
 町内の『東脊振小学校』は周囲は田畑や森林に囲まれ、脊振山地から流れ出す河川は清流が絶えることがありません。その支流の一部が校舎の下に流れ、小魚やヤゴなどが見られる珍しい学校です。その川は子供達に「学校川」と呼び親しまれています。
 今回その川沿いにPTA方達が丸太いす設置して、子供達がより自然に親しみ場所を作られた様です。最近、殺伐とした事件が多い中、ほのぼのとした良い話ですね。

吉野ヶ里遺跡




◎佐賀新聞(2007/12/14)
 校内流れる川沿いに丸太いす設置 東脊振小

 大きな夢をはぐくむ場所に―。吉野ヶ里町の東脊振小(中村宗子校長)の保護者が、校内を流れる川沿いに丸太いす計50脚を設置した。今年1月に完成した新校舎新築記念として取り組んだもので、子どもたちは座ってくつろいだり、いすからいすに飛び移るなどして楽しんでいる。

 川は田手川の支流で、校舎下を通り運動場へと流れている。子どもたちは「学校川」と呼び、夏場に川遊びをしたり、花壇の水やりで使うなどして親しんでいる。

 今回の取り組みは、同校PTA(多伊良豊剛会長)が9月末にあった落成式後に企画し、準備を進めてきた。9日に設置作業を実施。保護者や職員ら約50人が参加し、木の皮をはぎ防腐剤を塗った後、運動場を流れる川の西側約40メートルに沿って、2―3脚をひとまとまりにして丸太いすを設置した。砂が川に流れないように、川と丸太の間にリュウノヒゲ400株も植えた。

 この場所は職員で話し合い、「夢の丸太007」と命名した。中村校長は「心のこもった手作りのプレゼントでありがたい。本年度中には、生徒に公募し川の名前も決めたい」と話した。

【写真】川に沿って丸太いすを設置する保護者ら=吉野ヶ里町の東脊振小

  
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2007年12月14日

海底遺跡ミュージアム構想

 海底遺跡を整備して観光等に繋げる構想は、外国ではイタリアのバイア遺跡が有名ですね。
 日本でも沖縄県の与那国島海底遺跡は、古代のロマンを掻き立てられる観光スポットです。
 これらの2例は古代の考古学的時代の遺跡です。
 今回の構想は北部九州の中近世の交易港や沈没船埋没地等が中心となっています。

※アジア水中考古学研究所

※海底遺跡ミュージアム構想ブログ

※与那国海底遺跡博物館

※日本財団HP

碇石(いかりいし)の埋没ポイントを見学する参加者たち


遺物埋蔵地には海底説明板を設置


佐世保高専の水中撮影ロボットも活躍


小値賀島遠景



◎佐賀新聞(2007/12/14)
 有田の研究者ら「海底遺跡ミュージアム構想」協力

 西松浦郡有田町教委文化財課主査の野上建紀さんが中心となり、北部九州の水中遺跡を公開する「海底遺跡ミュージアム構想」の実現に取り組んでいる。船上から、または海中に潜って遺物を見てもらう試みだ。長崎県・五島列島の遺跡を2010年度までに公開できる体制を整え、中近世の交易港や沈没船埋没地がある数カ所にこの動きを広げる。北部九州の研究者が一丸となり、海外より遅れている「水中考古学」への理解を求めていく。

 野上さんが副理事長を務めるNPO法人「アジア水中考古学研究所」(林田憲三理事長、約100人)が準備を進めている。佐賀、長崎、福岡の研究者やプロの潜水士らで構成され、県内から県教委文化課の宮武正登さんと竹内奈央さん、県立九州陶磁文化館の大橋康二館長が参加。

 構想では、中世の交易港として栄えた小値賀島前方湾(長崎県小値賀町)の海底遺跡が候補地に挙がっている。波が穏やかで水の透明度が高いため、海底に沈むいかり石や中国陶磁器を海中と船上から容易に観察できる。8月に見学会を試験的に開き、遺物を覆う泥をどうするかなど検討すべき課題も確認した。運営は同研究所が行い、地元のダイビングショップに協力を求める。費用は会員の負担金、一般からの賛助金などで賄う。

 近年、海底遺跡への関心は国際的に高まっている。イタリアのバイア遺跡ではローマ時代の遺構を整備・公開し、観光名所として定着している。一方、日本では民間団体が細々と調査に当たり、研究・整備体制も不十分。海底遺跡が文化財として認識されておらず、水中考古学と「宝探し」が同一視されるなど市民の理解も進んでいない。

 このため16日に福岡市博物館でシンポジウムを開き、国内外の調査事例などを7人のパネリストが紹介する。水中考古学の意義を伝えるとともに構想実現に向けての課題を議論する。

 野上さんは「多くの市民や行政関係者に来てもらい、水中考古学を知ってほしい。海底遺跡の活用につなげられれば」と話す。問い合わせは野上さん(有田町歴史民俗資料館内)、電話0955(43)2678へ。

【写真】海底遺跡に残る遺物をモニター画面で船上から確認するメンバーたち=長崎県北松浦郡小値賀町の小値賀島前方湾(提供・アジア水中考古学研究所の山本祐司氏)


  
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2007年12月13日

正月営業、楼門すす払い。

 以外に温泉の多い佐賀県。
 その中で『嬉野温泉』と並んで有名なのが『武雄温泉』です。そこには建築家『辰野金吾』が設計した、国の重要文化財の「武雄温泉新館・楼門」があります。
 『辰野金吾』は佐賀県唐津出身の建築家で、『日本銀行本店』『東京駅本屋』等の数々の有名建築を設計手がけました。

 『武雄温泉』は元旦から営業と言うことで、「楼門」すす払いが行われました。お客様を気持ち良くお迎えする、心づかいですね。




楼門



武雄温泉新館



『辰野金吾』



『日本銀行本店』



『竣工当時の東京駅』




◎佐賀新聞(2007/12/13)
 武雄温泉で恒例あか落とし 楼門などすす払い

 武雄市にある国の重要文化財、武雄温泉楼門で13日、年末恒例のすす払いがあった。そろいのハッピをまとい、頭に手ぬぐいをかぶった従業員は、ササ竹を使い、軒下などにたまったほこりを払い、1年間でたまった「あか」を落とした。

 同日は年に1度の休業日で楼門のほか、大衆浴場や貸し切り湯などの浴槽の大掃除も併せて行われた。従業員は、楼門近くの桜山から切り取った約3メートルのササ竹を使い、手の届かない軒下などのすすを払っていた。

 同温泉の今年の年間利用者は月末までに、昨年より約1万人少ない約45万人を見込む。元日は午前6時から初湯開きの式典があり、同6時半から入浴することができる。

【写真】ササ竹を使い、楼門軒下のすすを払う従業員=武雄市の武雄温泉楼門
  
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2007年12月12日

銃犯罪根絶へ向けて。

 銃社会アメリカでさえ、最近の発砲事件は大きな問題となっています。
 しかし、日本でも他人事では無くなってきています。
 確りとした心構が必要になってきているようです。


◎武雄入院患者射殺事件

             (佐賀新聞 特集より)

 11月8日午前7時40分ごろ、武雄市朝日町甘久の篠田整形外科2階病室で、入院患者の同市山内町三間坂、建築板金業宮元洋さん(34)が男に拳銃で撃たれ、間もなく死亡した。男は拳銃を持ったまま車で逃走した。男は25日未明に福岡県大野城市で発砲事件を起こし、福岡県警が銃刀法違反の現行犯で逮捕。逮捕されたのは福岡市城南区東油山、指定暴力団道仁会系組員今田文雄容疑者(61)。銃刀法違反の調べの後、佐賀県警が殺人容疑で再逮捕する。



病院で射殺された宮元洋さん


事件が起きた武雄市の篠田整形外科の見取り図



銃犯罪根絶署名、6100人に(12月10日)

 武雄市朝日町の整形外科に入院していた同市山内町の建築板金業、宮元洋さん=当時(34)=が射殺された事件を受け、同町内で続けられていた銃犯罪根絶を求める賛同署名が10日までに6100人を超えた。凶悪事件の巻き添えとなった地元住民の死を悼む気持ち、社会を揺るがす銃犯罪や暴力への怒りが、町を挙げた活動となって広がった。

 署名活動は、同町選出の武雄市議6人が中心となり、町内の区長や婦人会、老人会代表らに協力を呼びかけ、事件後の11月中旬に始まった。同町では、町内住民の半数以上にあたる約5500人が署名したほか、西松浦郡有田町や杵島郡大町町などの近隣自治体からも署名があったという。

 署名集めはこれで一区切りをつけ、今月下旬までに県警の山崎篤男本部長らに提出する予定。活動の発起人の一人、江原一雄市議は「凶悪犯罪を許さないという住民の思いが一つになった。決議や意見書を可決した自治体などにも同じような機運が高まれば」と話している。  
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2007年12月11日

海苔が一枚で300円!

 有明海で養殖された秋芽ノリの今季の初入札会での最高値です。
 地元の関係者ですら驚いています。
 それだけ今年の海苔は品質が良いようです。
 でも、こんなん高級品は贈答用や高級料亭用で、庶民の口には入りませんね。
 生産者価格でこの値段、消費者価格はどの位になるのでしょうか。


◎佐賀新聞(2007/12/11)
 新基準「有明海一番」が最高値更新 ノリ初入札

 県沖の有明海で養殖された秋芽ノリの今季の初入札会が10日、佐賀市の県有明海漁協であり、今季から県と同漁協が取り組む新基準の極上のり「佐賀海苔(のり)有明海一番」は販売枚数36万枚で、1枚の平均単価は193円80銭、最高値で300円をつけた。これまでの最高値は1992年の230円で、記録を更新した。

 有明海一番を含む全体の販売枚数は約3億105万枚で、販売額は46億9221万円。平均単価は15円59銭(昨年比2円38銭高)で、有明海一番はこれの12・4倍だった。

 今季は海水温が10月に高めに推移し、種付けを半月遅らせる異例のシーズンだったが、海況もよく、高品質なノリに仕上がった。販売枚数・販売額ともに5季連続の日本一に向けて好スタートを切った。

 国産ののり加工品は、原産地表示の義務がなく、産地が表示されても有明海産がほとんど。新基準ののりは販売業者に「佐賀海苔有明海一番」の商品表示を義務付け、「のりは佐賀」をアピールする。秋芽ノリと冷凍網ノリの初摘み分から生産者1人当たり1箱(3600枚)ずつ出品でき、食味審査などを通し、今回は上位100箱を選んだ。

 入札会は47の買い付け業者の担当者ら約200人が参加。広島県の業者は「この時期にしては黒々として、味のバランスもいい」と今季の全体的なレベルの高さを評価し、「有明海一番は生産者の思いが伝わるようなおいしい味になっている。日本一の産地を確かなものにできるのでは」と話した。

 県有明海漁協の川崎守組合長は「300円には驚いた。過去最高のノリができた上、徹底的に上質のものを選び抜き、商社に最高の評価をしてもらった。この取り組みで、ノリ全体の相場が上がることを期待したい」と語った。入札会は来年4月までに10回程度行う予定。

【写真】秋芽ノリの初入札会で、厳選した「佐賀海苔有明海一番」を品定めする買い付け業者=佐賀市の県有明海漁協
  
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2007年12月10日

佐賀の食材はいかが?(クウェート)

 外務省と農水省の和食のよさを海外に広めようと展開している事業の一環で、佐賀産の和牛肉と温州蜜柑が食材に選ばれました。
 場所は富裕層の多い産油国『クウェート』の日本大使館、中東の方の舌を納得させたでしょうかね。
 佐賀産和牛の『佐賀牛』『船場吉兆』の事件で、十分高級ブランドと成り得ると証明済みです。
 温州蜜柑も統一ブランド『さが美人』や、海外向けブランド『J-PON』で国内外で知名度を上げています。
 今後が展開が楽しみです。


◎佐賀新聞(2007/12/10)
 佐賀産和牛とミカン、クウェート富裕層にアピール

 富裕層の多い産油国クウェートの日本大使館で、県は9日、佐賀産和牛と県産ミカンの統一ブランド「さが美人」の試食会を開いた。クウェートの日本食レストランや流通業者、メディア関係者などを招き、日本政府の“お墨付き”で県産品をアピール。輸送コストや嗜好(しこう)など多くの課題があるが、参加者の反応を見ながら、将来的な輸出の可能性を探った。

 試食会は、外務省と農水省が和食のよさを海外に広めようと展開している事業の一環。佐賀産和牛とさが美人が食材に選ばれ、牛肉14キロ、ミカン10キロを送った。試食会後には現地の要人などを招待したレセプションも開かれ、350―400人が県産品を味わった。

 県国際課によると、クウェートでは約20店の日本食レストランが営業しているが、日本から輸入した食材はほとんど使われていないという。牛肉はオーストラリアや米国産で、オレンジはEU諸国からの輸入が多い。

 県は県産農産物の輸出拡大を目指しており、富裕層の多いクウェートは魅力的な市場。しかし、肉牛を解体・保管する際、宗教上の理由で豚と同じ場所を使用できないなどの制約があるほか、輸送コストや脂肪交雑(霜降り)の多い和牛が嗜好に合うかなどの課題もある。

 同課は「すぐに輸出へとつなげるのは難しいかもしれないが、品質の高い県産品をアピールする機会になる。食材に選ばれたのはありがたく、いい反応を期待している」と話す。

 県産の農産物では「佐賀牛」が6月から香港へ輸出され、9月末までに3・2トンを出荷。ミカンはカナダに毎年1500トン前後を輸出しているほか、市場を通じて台湾などにも出荷されている。

【写真】クウェートの日本大使館で開く試食会の食材に選ばれた佐賀産和牛とさが美人。現地での反応が注目される
  
Posted by 昏君 at 21:52Comments(0)TrackBack(2)佐賀県

2007年12月09日

空を焦がす御神火で、厄払い!

 御神矢(ごしんや)づくりで紹介した鹿島市の『祐徳稲荷神社』で、320年続く伝統の「お火たき」が行はれました。この御神火で、誤射殺人事件コインロッカー嬰児遺棄事件など暗い出来事を厄払いして、新しい年を迎えたいものです。

※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 『祐徳稲荷神社』


◎佐賀新聞(2007/12/09)
 祐徳稲荷神社で空焦がす「お火たき」 鹿島市

 鹿島市の祐徳稲荷神社で8日夜、320年続く伝統の「お火たき」があった。参拝客ら約3万人が夜空を焦がす御神火に、この1年の汚れをはらい、新年の幸福を祈った。

 春の祭りで山から田に降りてきた神霊を、秋の収穫とともに再び山に返すために行われる神事。本殿で宮司が祝詞を奏上した後で、白装束の神職らがご神前の浄火をたいまつに移し、ゆっくりと参進。破魔矢やくま手などが積み上げられた高さ約6メートルの「お山」に点火した。

 一気に巨大な火柱になり、朱色の本殿をさらに赤く浮かび上がらせると、境内を埋め尽くした参拝客から大きな歓声が上がった。

【写真】バキバキと音を出しながら巨大な火柱をあげる「お山」=鹿島市古枝の祐徳稲荷神社

  
Posted by 昏君 at 11:16Comments(0)TrackBack(1)佐賀県

2007年12月07日

体の温まる、ぼたん鍋はいかが。

 佐賀県だけではないでしょうが、野生のイノシシが増えすぎて困っています。農作物の被害は笑い事では済まされない状態です。そんな中、田畑を荒らす厄介者を地域資源に活用する「いのしし料理キャンペーン」を7日から始めました。県も本腰を入れてホームページでアピールしています。
 しかし、問題はどう共存するか何ですよね。それに食用にするにしても、捕獲と屠殺をどうするかです。現在は猟友会の方がやっていますが、人員が足りていません。この問題を解決するのは、かなり難しいでしょうね。

◎佐賀県HP 【いのしし料理を食べてみませんか】

◎佐賀新聞(2007/12/07)
 いのしし料理いかが 山間旅館でキャンペーン

 佐賀市と神埼市の山間部にある温泉旅館やペンションなど7店舗は、里山の田畑を荒らす厄介者を地域資源に活用する「いのしし料理キャンペーン」を7日から始める。ぼたん鍋や炊き込みご飯、カレーなど各店舗でメニューはさまざま。今回は試行的な取り組みだが、近年、農作物の食害が深刻なイノシシを食べることで、被害の軽減につなげる。

【写真】勢ぞろいした「いのしし料理キャンペーン」協力店の各メニュー。あんかけやカレーなど各店舗で工夫を凝らす=佐賀市の三瀬保健センター
 両市の中山間地の指導農業士らでつくる「佐賀北部地域おこしフェスティバル実行委員会」と県などが初めて企画した。

 県内はイノシシの捕獲頭数が近年は年間1万頭を超えているが、食肉利用されずに埋設処分も多い。イノシシ料理が名物になれば、地域おこしになるほか、肉が換金されることで狩猟者の意欲向上にもつながる。

 キャンペーン期間は今月末までの予定。提供できる日時が店舗で異なり、宿泊客だけに提供する旅館や予約が必要なところもある。今回の肉はイノシシ肉を販売している鳥栖市の専門業者が県内で捕獲した60キロ分を利用。なくなり次第、キャンペーンは終了する。

 同実行委員会の会長で佐賀市富士町の農業水田強さん(54)は「食うか食われるかの戦いが始まった。イノシシをたくさん食べてもらうことが、私たちの集落を守ることになる。来年は協力店を倍増したい」と語る。

 問い合わせは県生産者支援課、電話0952(25)7113へ。

【写真】勢ぞろいした「いのしし料理キャンペーン」協力店の各メニュー。あんかけやカレーなど各店舗で工夫を凝らす=佐賀市の三瀬保健センター


実施店とメニューは次の通り。

=佐賀市富士町=
古湯温泉鶴霊泉(あんかけ)
古湯温泉東京家(炊き込みご飯、シューマイ)
古湯温泉千曲荘(山賊焼き、鍋)


熊の川温泉松尾林亭(キムチ焼、にんにく味噌漬け焼)
ペンション野うさぎ(カレー)


=同市三瀬村=
農家民宿具座(鍋)


=神埼市脊振町=
高取山公園お食事処そよ風(しし汁)
  
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2007年12月06日

九州の顔をデザインしてみませんか?

 佐賀県には有名な陶磁器産地が数多く有ります。その中でも世界的に有名なのは『有田焼』でしょうね。
 よく『伊万里焼』と混同されますが、『伊万里焼』とは佐賀県の伊万里港から積み出された有田地方で産する『磁器』の総称です。主に『有田焼』をいいますが、長崎県の『三川内焼』『波佐見焼』なども含みます。
 同じ積み出し港が名称になった『唐津焼』『陶器』で、太閤秀吉も好んだと言われます。

18世紀に作られたと見られる有田焼(伊万里焼)


 その『有田焼』の陶板を使って九州の顔である『博多駅』の新駅ビルに、巨大壁画を作成しようと計画が進んでいます。そのデザイン募集の第一弾のテーマは「葉」です。皆さんも応募してみてはいかがですか。


◎佐賀新聞(2007/12/06)
 新博多駅ビルは5万枚の有田焼で 図柄募集も

 九州新幹線が全線開業となる2011年春完成予定のJR博多駅ビルに、約5万枚もの有田焼陶板を使った巨大壁画が飾られる。同駅ビルのアートプロデューサーを務める日本画家『千住博』さんの発案によるもので、「九州の顔となる新しい博多駅に文化の薫りや、癒やしの空間を演出するために、どうしても有田焼を使いたかった」と話している。

 有田焼陶板(20センチ正方)が使用されるのは、新駅ビルのコンコース(メーンの通路)の壁や天井、床、柱など。一般募集で寄せられる数万枚の「葉」「花」「鳥」「魚」などの図柄を組み合わせ、最後に千住さんが木の幹などを書き込んで完成させる。

 募集されたイラストはデータ管理されており、新駅ビル完成後、自分が書いた絵がどこに飾られているかを問い合わせることも可能。

 千住さんはこれまで、羽田空港第2ターミナルのアートプロデュースなどを手掛けており、「これだけの陶板を使うモニュメントは世界的にも珍しいと思う。デザインは多すぎて困るということはないので、1人でも多くの方に記念に応募してほしい」と話している。

 JR九州では第1弾として「葉」のデザイン画を今月20日から来年2月29日まで募集。問い合わせは、新博多駅陶板事務局、フリーダイヤル(0120)933001へ。

【写真】有田焼アートで彩られた新博多駅ビルのメーン通路(イメージ図)

  
Posted by 昏君 at 22:31Comments(0)TrackBack(0)佐賀県

2007年12月05日

古代のロマン、国内最古の紡錘車出土!

 国内最古の年代刻む『紡錘車』出土しました。
 佐賀県は朝鮮半島に近いため、東国から九州北部警護の『防人』などの多く来ていました。
 その人達がもたらしたのでしょうか、古代のロマンですね。

※出典: 岩手県HP
 『紡錘車』

※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 『小城市』
 『防人』


◎佐賀新聞(2007/12/05)
 国内最古の年代刻む紡錘車出土 小城・丁永遺跡

 古墳時代後期から平安時代にかけての住居跡などが見つかった小城市小城町の丁永(ちょうえい)遺跡を調査している小城市教委は4日、年代が刻まれたものとしては国内最古(687年)となる、飛鳥時代後期の石製紡錘車(ぼうすいしゃ)が出土したと発表した。文字が刻まれた紡錘車は、そのほとんどが関東地方内陸部で出土していることから、東国から防人(さきもり)などとして小城に派遣された可能性を示す貴重な発見となった。

 市教委によると、紡錘車は繊維によりをかけて糸を紡ぐときに使う弾み車のこと。今回のものは今年9月5日に出土。直径4・58センチ、厚さ0・75センチ。表面には日付を示す「丁亥年 六月十二日」と、人名を表す「亦(い)(て)十万呂」、または「赤(あ)(て)十万呂」と読める文字が刻まれていた。

 紡錘車と一緒に出土した土器の調査と、えとで年代を表記していることなどから、7世紀後半、飛鳥時代後期のものと確認された。当時の丁亥年は687年をさす。

 紡錘車は各地の遺跡から出土しているが、文字が刻まれた紡錘車は関東地方に集中しており、関東以外で出土した例は、京都府の長岡京跡、岩手県の伯済寺遺跡に次いで丁永遺跡で3例目。このことから、紡錘車の研究に詳しい群馬県埋蔵文化財調査事業団の高島英之専門員は「7―8世紀にかけて九州北部を警護した防人などとして、東国の人が小城に滞在した可能性はかなり高く、貴重な発見」とみている。

 同遺跡は古代の駅路(街道)に沿った場所にある。近くには役所跡とみられる遺跡などもあり、一帯は肥前国小城郡の中心地として栄え、人の行き来は活発だったとみられる。

 同遺跡は今年7月、小城中学校の建設現場で確認され、8月から10月にかけて発掘が行われた。現在は埋め戻され、同校の建設が進んでいる。市教委は8、9の両日、出土した紡錘車と土器を市立歴史資料館で公開する。

★=木へんに是

【写真】小城市小城町の丁永遺跡から出土した石製の紡錘車。繊維によりをかけて糸を紡ぐときに伝う弾み車で、年代が刻まれたものとしては国内最古

  
Posted by 昏君 at 21:18Comments(0)TrackBack(0)佐賀県

2007年12月04日

イカは、いかが!

 佐賀県の中で一番知名度の高い地名は『呼子』かも知れません。
 『イカの活き造り』は全国的に有名です。
 また最近は『呼子イカ検定』も有名です。
 その『呼子』で茨城県立日立工高(日立市)の修学旅行生は、呼子朝市の売り子として地元の人達や観光客と触れ合いを体験しました。


◎佐賀新聞(2007/12/04)
 茨城の高校生が呼子朝市売り子 体験型修学旅行

 呼子朝市やイカ料理などで年間約100万人の観光客を集める唐津市呼子町で、まちづくりについて学ぼうと、茨城県立日立工高(日立市)の2年生173人が3日、修学旅行で同町を訪れた。生徒は呼子朝市の売り子などを体験しながら地元の人々と交流を深めた。

 旅行代理店が企画し、地元の商工会などが作成した修学旅行の体験プログラムを同校が初めて採用した。2日からの2泊3日の日程で、2日夜に唐津市中心部のホテルでまちづくりについての講演を聴き、「イカ検定」を受検。3日に呼子に入り、5つのグループに分かれて朝市の売り子や甘夏ゼリーの製造などを体験、昼食では名物のイカの生き作りを味わった。

 サンタクロースの衣装を着て朝市の売り子に挑戦した加藤達也君(17)は「想像以上に町に元気があり、お客さんと接するのが楽しかった」と話し、西野利信教頭(56)は「学校では見せない生き生きとした表情で地元の人たちと触れ合っていた」と喜んでいた。

【写真】サンタクロースの衣装を着て朝市の売り子に挑戦する高校生=唐津市呼子町

  
Posted by 昏君 at 22:24Comments(0)TrackBack(0)佐賀県