2008年06月15日

北京五輪が邪魔した!

  「彩夏到来 08 埼玉総体」の成功を願って、遥か九州は佐賀の地から応援しています。

 高校総体動画配信事業が、北京五輪と重なったのは不運でした。
 しかし、動画配信の流れを止める訳にはいきません!
 こう言った時だからこそ、県民が高校総体を応援すべきです。
 佐賀総体では、動画配信事業を側面からチームUも応援しました。
 微力ではあったでしょうが、高校総体の盛り上がりに参加出来て満足しています。
 埼玉県民の方達も、頑張って末端から高校総体を支えてはいかがでしょうか。


◎埼玉新聞(2008/06/14)
 動画配信縮小で県教育長 生と録画振り分けも

 島村和男教育長は十三日の会見で、七月二十八日の埼玉高校総体開催に向けて企業から集めている動画配信協賛金について、「目標の二億円に対し、現在九十二団体から九千二百八十七万円を見込んでいる」とし、全二十九競技の撮影、配信はできるものの、「生中継と録画の振り分けを検討していく」と表明した。

 同協賛金は経済低迷や同時期の北京五輪などの影響で思うように集まらず、県は予選初日から全競技を生中継する当初計画の縮小を余儀なくされていた。島村教育長は「記録として見るだけなら、生中継しない映像の方が早く配信できる。見る側のニーズを今後見極めたい」としつつ、「協賛金は七月中旬まで募集しており、何とか一億円に」とも述べた。

 七月二十八日の総合開会式は、一般観覧応募が募集四千人の一・七六倍に当たる七千五十四人と発表。当日は選手団五千人を含め、一般観覧者や関係者計約一万三千人がさいたまスーパーアリーナに集まる予定。

 今後のPRについては、十八日から二十四日にかけて六百万枚発売予定の「関東・中部・東北自治宝くじ」に埼玉総体のデザインを掲載するほか、七月上旬からは県内のバス、トラック、タクシーなど約二万三千台にPRステッカーを張るという。



◎毎日新聞(2008/06/14)
 インターハイ:動画配信事業の協賛金、伸びず目標の半分 ライブ絞り込みも

 県内で今夏開催される全国高校総体(インターハイ)で、大会の様子を動画でインターネット配信する県と民間企業共同事業の協賛金が、目標額の半額以下の計9287万円(92団体・5月末現在)にとどまっていることが分かった。島村和男教育長が13日の定例会見で明らかにした。民間からの協賛金を事業費として当初2億円を集める目標だったが、機材の購入や人件費の負担が大きいライブ配信を行う競技数を絞り込んで実施することになりそうだ。

 動画配信は昨夏の佐賀インターハイで初めて導入され、750万件のアクセスを記録するなど好評で、埼玉でも実施しようと準備を進めてきた。協賛金は7月中旬まで募集するが、最終的に約1億円にとどまると見込まれる。目標の半額でも全29競技、全日程分の録画配信は可能で、島村教育長は「2億円は理想。9000万円でも事業趣旨をよく理解してもらえたと思う」と話した。

 インターハイは7月28日に、さいたまスーパーアリーナ(さいたま市中央区)で開会式を迎え選手や一般客ら1万3000人が参加する。  
Posted by 昏君 at 12:37Comments(0)TrackBack(2)埼玉総体

2008年06月15日

2600年の時を越えて。

 園児や児童は2600年前の縄文の人々と同じ体験をしています。
 不思議な感じですよね。
 「魏志倭人伝」に現れる「末廬国」は、佐賀県の、ここ唐津を含む松浦半島東側一帯にあったクニだと考えられています。
 古代から大陸との交流が多くあった場所で、菜畑遺跡は唐津市の西南部、JR唐津駅から西へ2km程行ったところです。
 昭和55年から56年にかけて行われた発掘調査により、縄文時代前期から弥生時代中期に至る遺跡である事が確認されました。
 なかでも縄文時代晩期後半(約2500~2600年前)の水田跡の発掘と、付随して出土した数々の農機具は、我が国稲作の起源が縄文晩期後半まで遡る事を明らかにしたようです。
 稲作は弥生時代に開始されたのではなく、縄文時代の末期に既に定着していたんですね。
 遺跡からは、多数の炭化した米や石斧、石包丁、石鏃などの石器をはじめ、クワやエブリ(柄振り)その他の農具とともに20~30の水田跡も発見されています。
 また稲作のみならず、アワ、ソバ、大豆、麦などの穀物類に加えて、メロン、ゴボウ、クリ、モモなどの果実・根菜類も栽培していた事が判明しているそうです。
 中でもメロンが縄文後期に既に栽培されていた事は驚きますね。
 さらには平成元年の発掘で、儀式に用いたと思われる形のままの数頭のブタの骨が出土し、既に当時ブタも飼ったようです。

 貫頭衣に身を包み、古代赤米などの田植えを体験する園児たち
 

 菜畑遺跡の遺物が展示される末廬館
 
 
 


◎佐賀新聞(2008/06/15)
 「稲作発祥の地」菜畑遺跡で田植え

 日本稲作発祥の地とされる唐津市の菜畑遺跡末廬館で14日、「田植祭」があった。貫頭衣に身を包んだ市内の園児や児童ら650人が参加し、古代人の稲作に思いをはせながら、古代赤米などを手植えした。

 式典では、子どもたちが祭壇に古代米などを奉納し、「古代の人の努力を忘れません」とメッセージを読み上げた。その後、270平方メートルの水田に入り、園児たちは「泥が気持ちいい」「水が冷たい」などと歓声を上げながら田植えを体験した。

 同祭は古代人の生活をしのび、遺跡の価値を次世代に伝える目的で開かれ、今回が19回目。唐津南高の1年生が稲の管理をして、10月中旬には収穫祭がある。

 菜畑遺跡は1980―81年に本格調査が行われ、水田跡、炭化米、農具が出土。古代人の生活が分かる農業集落としては日本最古(約2600年前・縄文晩期)とされる。  
Posted by 昏君 at 11:40Comments(0)TrackBack(0)佐賀県